

令和7年度の研修旅行では、8月27日から29日の2泊3日で、香川・愛媛・高知の四国三県の古刹や名勝を巡りました。ここに徳島県を加えれば、四国全県での研修となりましたが、限られた日程のなかでは、さすがにそれは無理でした。しかし、これからご報告する通り、大変有意義な研修旅行となりました。主要な旅程は以下の通りです。
8月27日 善通寺→瑞應寺
8月28日 松山城→坂の上の雲ミュージアム→足摺岬
8月29日 竹林寺→牧野富太郎記念館
今回、私は初めて愛知学院大学研究所参禅会の研修旅行に参加させていただきました。この研修は、今まで私自身が経験したことのない学びと感動に満ちた、非常に貴重な時間となりました。
最初に訪れたのは香川県にある善通寺です。善通寺は弘法大師空海の誕生地として知られる由緒あるお寺であり、その歴史の重みを肌で感じることができました。特に印象に残ったのは五重の塔です。木造建築でありながら堂々と立つ姿は圧巻で、長い年月を経てもなお美しさを保っていることに深い感銘を受けました。案内してくださった方に、この姿を保ち続けていることへの驚きを伝えたところ、初代の塔は災害で失われたものの、明治時代に再建された現在の塔は耐震構造で造られていると教えていただきました。伝統と技術が融合していることを知り、日本建築の奥深さを改めて感じました。
その後、瑞應寺に参拝し、研修してまいりました。ご住職様から直接伺った心のこもったお話と、抹茶とお菓子をいただいた時間は、個人旅行では決して味わうことのできない、尊く穏やかなひとときでした。
次いで、愛媛県に移動し、松山城を訪れました。暑さの中で登るのは大変でしたが、天守から眺めた景色は素晴らしく、苦労を忘れるほどの感動がありました。日本の名城と呼ばれる理由を実感し、歴史が今も息づいていることを強く感じました。道後温泉では、以前訪れた際の印象とは異なり、修繕が済んでより奇麗になっており驚きました。清潔で落ち着いた空間の中で温泉に浸かり、心身ともに癒やされる貴重な体験となりました。
最後に訪れた高知県では足摺岬の雄大な自然にも心を打たれましたが、私が最も心惹かれたのは牧野植物園でした。牧野富太郎の生き様に触れ、植物に人生を捧げたその情熱と探究心に強く心を動かされました。このように自分の好きなことに全力で向き合って生きる姿は、どれほど幸せな人生だったのだろうかと想像し、自分自身の生き方についても考えるきっかけとなりました。
今回の研修旅行は、私1人では決して計画できない内容であり、多くの新しい発見と価値観を得ることができました。場所だけでなく、人との出会いやお話を通して学べたことは、今後の生活や考え方に大きな影響を与えてくれると思います。このような貴重な機会を与えてくださったことに心から感謝し、ここで得た学びを今後に活かしていきたいです。
2025年度に行なわれた研修旅行の実修先は、香川・愛媛・高知の四国三県である。研修期間にあたる8月27日から29日は、暦上の二十四節気では秋にあたる。しかし「暑さ寒さも彼岸まで」の謂いのごとく、いやそれ以上に過酷な灼熱のなかでの研修となった(研修から2日後、名古屋市内では40度を観測した)。
研修先の香川では真言宗善通寺派の善通寺(善通寺市)、愛媛では曹洞宗の瑞應寺(新居浜市)、高知では真言宗智山派の竹林寺(高知市)を拝登した。四国は八十八箇所霊場巡りで知られる通り、真言宗を開いた空海(弘法大師)ゆかりの地である。筆者の調べによれれば、四国には3,000弱の寺院が存在するが、そのうち真言宗系統の寺院がその約3分の1を占めている。その割合に比べれば低いものの、曹洞宗寺院も200ヶ寺程、分布している。
四国八十八ヶ所霊場の75番札所にあたる善通寺は、真言宗善通寺派(古義真言宗)の総本山である。平安時代に中国へ渡って密教を学び、帰国後に真言宗を開いた空海の生誕地であり、京都の東寺、和歌山の高野山と並ぶ弘法大師三大霊跡に数えられている。
広大な境内には創建時以来の寺域が残る。そのうち東院(通称・伽藍)には金堂、五重塔などが立ち並び、御影堂(通称・誕生院)を中心とした西院は、弘法大師が生まれた佐伯家の邸宅跡にあたり、産湯の井戸も残る。8月27日の拝登当日、善通寺派職員の方に1時間超にわたって寺内を丁寧にご案内いただいた。国宝を含む約2万点の寺宝を収蔵する宝物館に訪れることができなかったのが残念だったが、御影堂の地下通路約百メートルの「戒壇めぐり」が貴重な経験となった。「戒壇めぐり」は、明かりのない真っ暗な中を進むことで、自己を見つめ直す精神修養につながるという。
同日に拝登した曹洞宗の瑞應寺は、文安5年(1448)に生子山(しょうじさん)城主・松木景村が父母の菩提を弔うために建立した堂宇を、「佛國山瑞應寺」と名付けたことに始まるとされる。その後、天正13年(1585)、豊臣秀吉の四国征伐による兵火にかかり廃寺と化した。その後、万治3年(1660)、徳雲寺(広島県比婆郡東城町)の九世・分外恩鈯禅師(ぶんげおんとつ)が再興を果した。しかし、文政11年(1828)、再び火災で全焼し、旧に復すまで50年余の歳月を擁したとされる。こうした度重なる苦難を乗り越え、明治30年(1897)には、僧侶が一定期間、坐禅を中心に修行を行なう専門僧堂を開設した。現在、曹洞宗では、四国唯一の専門僧堂であり、修行実践の場としても重要な寺院に位置づけられる。
瑞應寺への拝登直前、バスのちょっとしたトラブルに見舞われたが、山内に入り、住職の金岡潔宗老師を導師に参拝者諷経の法座を設けていただいた。その後、先住・楢崎一光老師の話も交えながら、法堂や僧堂など、堂内の案内を金岡老師より賜った。行茶のおもてなしもいただき、瑞應寺が愛媛の地で住民の方々に長らく親しまれてきた事実を、身をもって感じた次第である。
最終日に拝登した真言宗智山派の竹林寺は、「土佐の高知の播磨屋橋で 坊さんかんざし買うを見た」で知られる、高知の民謡「よさこい節」の舞台とされる。寺伝によると、竹林寺は神亀元年(714)、聖武天皇の勅願を奉じた僧・行基が唐の五台山になぞらえて開創し、大同年間(806〜10)に修行のために滞在した空海が荒廃した堂塔を修復したという。その後、慶長六年(1601)に山内一豊が土佐初代藩主となって以来、歴代藩主の帰依を受け、祈願所として隆盛した。
現在、四国霊場八十八ヶ所の第31番札所となっており、遍路巡りの巡礼者も目にした。今回の研修では、御朱印巡りをする本研修旅行の参加者も多く、寺務所に参加者が集まって混雑していた様子が記憶に残る。なお、山麓には臨済宗の夢窓疎石が建てた吸江庵(きゅうこうあん)跡があるが、時間の都合上、見学することがかなわなかった。
2泊3日にわたる研修旅行では、松山城、坂の上の雲ミュージアム、牧野富太郎記念館、足摺岬など、四国3県にゆかりの名所も巡検した。酷暑ゆえに参加者の体調が心配であったが、つつがなく帰路につけたたことが何よりも幸いである。