愛知学院大学 禅研究所 禅について

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禅の一言  平成16年度

両忘(著・所長 中祖一誠)

 「両忘」ということばがあります。二つのことを忘れることを意味します。是と非、善と悪、美と醜、愛と憎など両者の対立を忘れ去ることをいいます。しかし、現実にはわたしたちは、これらの両者の対立、区別を離れることができかねるのが実状です。

 現実の生活では、わたしたちはその都度、二つのことのいずれかを選び取って生きています。“あれかこれか”と自問自答して、二者択一に傾斜しつつ生きています。生きるということは、ある意味で行為的世界に身を置くことですから、止むをえないことだともいえます。また、このことがさして支障をきたさない場合も、日常では多くあることも事実です。  しかし、人生の局面には、時としてのっぴきならない非日常的な事態に直面することもあります。是とすべきか非とすべきか、進むべきか退くべきか、などの文字通り進退窮まる事態は、時としてわたしたちの生存の根幹をも揺がしかねない状況を惹き起こすこともあります。

 中国宋代の儒者、程明道のことばに、「内外両忘するに惹かず。両忘すれば則ち澄然無事なり」とあります。両者の相対的対立を断ち切ったところに、おのずから明鏡止水のすがすがしい絶対の境地が展開してくることを教えています。

 しかし、この実現には肝心な一事が求められます。それは“自己を忘れる”という決意です。道元禅師の説く学道の用心の基調は、「無常を観ずる」ことであり、「吾我を離れる」ことにあつたことを、この際想起すべきでありましょう。

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