「猫のしっぽ、カエルの手」という不思議な名前のテレビ番組がある。ファンの方もいらっしゃるのではなかろうか。2009年にNHKデジタル衛星ハイビジョン放送として始まり、NHK・BSプレミアムに移行して放送が続けられた。美しい京都大原の四季を背景に、イギリス出身のハーブ研究家ベニシア・スタンリー・スミスの暮らしを紹介したエコライフスタイル番組である。2013年に放送は終了したが、Eテレで再放送が始まっている。私はこの番組のファンである。DVDも持っている。いつだったかは忘れたが、この番組の中でベニシアさんが、自然には「無駄もなければ不足もない」ということを云っていた。
かのアリストテレスは中庸の徳を説いたが、過超と不足の両極を避けるというのがその説明の中にある。そして人間の幸福はこの中庸にあるという。とすると、ベニシアさんのいう無駄(過超)と不足のない状態が自然のあり様だとすれば、中庸は自然の状態と合致するのではないか。たしかに、アリストテレスの中庸は倫理学で扱われる論議であるから、自然のあり方とすぐに結びつけるのには無理がある。むしろ、彼女の言葉は最も人間的生き方が自然の理(ことわり)に適った生き方と考え、自然を有用なテキストないし生き方のお手本とするエコライフの達人のものとして、理解するべきであろう。
禅・仏教にも人の欲と中道、自然や世界に関する多くの教示がある。だが、何よりも坐禅をするときの「無心」の境地とは、過不足無い如実世界を受容して欲心を起こさぬ、過不足無い心の状態のことではなかったろうか。ベニシアさんの言葉とアリストテレスの中庸と禅の境地はどこかで繋がっているように思われる。