「色即是空」を語る『般若心経』は、おそらく日本で最も人気のあるお経でしょう。このお経の説明書は、これまでにも数多く出版されてきました。しかし、今回ご紹介する本は単なる『般若心経』の解説にはとどまりません。ニ千年にわたる大乗仏教の歴史の中で、このお経がどのように解釈されてきたのかを探り、それによって仏教思想の歴史を読み解こうという意欲的な試みです。
本書の中には、仏教の基本的な立場をはじめ、『般若心経』の内容と、それに対する各時代、各地域の学僧達による注解の特色、さらには、このお経のもつ宗教学的な意味などが述べられています。
立川氏は、『般若心経』が説く「空」の思想の専門家です。けれども、氏の研究領域はそれのみにとどまらず、インド、チベット、中国、日本におけるあらゆる仏教思想、仏教信仰にまで及び、これまでにも様々な視点にもとづいて仏教を読み解くための著作を数多く刊行されています。さらに、同氏は「聖と俗」の概念を用いることで、仏教における悟りのダイナミズムの解明を目指しています。『般若心経』を手がかりに、仏教思想の歴史を読み解こうという試みは、まさにこの著者にして初めて実現し得たものだと言えるでしょう。
曹洞宗というと、これまで道元(1200〜53)ばかりがクローズアップされ、瑩山(1268〜1325)が取り上げられことがあまりありませんでした。たとえ取り上げられることがあっても、それは宗門や特定の学者によってということが殆どでした。そのようなこともあって、一般には瑩山の名すら知られていないのが実状でしょう。
しかし、宗門内部では、瑩山は道元を高祖と呼ぶのに対して太祖と称され、道元の仏法を継承し、宗門興隆の基礎を築いた人物という認識で一致しており、彼の功績は大いに評価されています。本書でも副題に「高祖道元の衣鉢を弘布した名僧」と付せられているように、瑩山を道元禅の継承者と捉え、その生涯が描かれています。
著者の百瀬氏は、歴史作家として著作も多く、日蓮や蓮如など偉大な仏教者に関しての作品も手がけています。そのような視野の広さから、瑩山という人物にメスを入れています。ベースとなった史料は、瑩山晩年の日記をもとに構成された『洞谷記』であり、諸学者の最近の研究成果も踏まえながら、的確にその人物像が捉えられています。
これまで道元一辺倒だった曹洞禅の新しい見方を与えてくれる1冊と言えましょう。
人間は、太古の昔より宗教との深いかかわりを持って生きてきました。そこでは、宗教が生活の一部であったと言ってもいいでしょう。しかしながら近年、わが国においては、若年層を中心として宗教を軽視する、あるいは敬遠するという傾向が高まってきました。その一因として、宗教教育が不足しているという現状挙げられるのではないでしょうか。
本書は、愛知学院大学の一年生の必修科目「宗教学」のテキストとして編集されたものです。宗教と人間の関係を、現代社会というコンテクストの中で、わかりやすく伝えることを念頭において、本学の学生以外の人にも読んでいただける宗教入門書として著されました。そのために、本文の脇に注を設け、必要に応じて写真や図表を挿入するなどして読者の便宜が図られています。
内容は、「宗教の世界」「仏教の世界」「禅の世界」の三編に分かれ、それぞれの分野を専門とする本学教員により、概説が加えられています。さらに末尾には、「実践的人間学のすすめ」と題する人間の生き方に関する各分野からの提言と、坐禅の実習法も載せられています。宗教を知り宗教を行う入門書として一読をお勧めします。