愛知学院大学 禅研究所 禅について

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禅書のしおり 令和元年度

河村孝道・角田泰隆編著『本山版 訂補 正法眼藏』(大本山永平寺・大法輪閣)

河村孝道・角田泰隆編著『本山版 訂補 正法眼藏』(大本山永平寺・大法輪閣)

 本書は、大本山永平寺発行(制作・販売は大法輪閣)となる本山版『正法眼蔵』の縮刷・訂補版です。江戸時代末期に至るまで『正法眼蔵』は書写のみで伝承されましたが、永平寺50世・玄透即中(げんとうそくちゅう)禅師の発願により95巻本が開版されました。後の大正15年に縮刷版が鴻盟社から刊行され、永らく修行僧が本山に修行に赴く際に持参されるべき宗典となりました。

 しかし、その後『正法眼蔵』の研究が進み、道元禅師の意志に契う編集方法が理解されたため、本文を95巻本から採り、編集を75巻・12巻中心に改め、頭注を加えて見やすくされたのが、今回の本山版訂補本です。

 巻末には「『正法眼蔵』記載仏祖略系譜」と江戸時代の『正法眼蔵』参究者の系譜を入れ、系統的に『正法眼蔵』を学びたい人にとって、良い手助けを提供しています。

 現在、複数巻に及ぶ本文・現代語訳も各出版社から刊行されていますが、一冊本で本文全てを学べる本書の扱いやすさは、特筆すべきものです。

 『正法眼蔵』の学びを志す人にとって、必ず側に置くべき一冊だといえましょう。

渡辺章悟著『般若経の思想』(春秋社)

渡辺章悟著『般若経の思想』(春秋社)

 「般若経」と聞くと、『般若心経』が有名ですが、玄奘によって翻訳された『大般若波羅蜜多経』が16種の般若経典を集めた般若経の叢書であるように、歴史的に多くの般若経が存在し、今に伝わっています。

 本書は、大乗仏教の始まりと共に誕生した般若経について、「般若」の名を有する多くの経典がどのように生まれ、発展し、人々に受容されたのかを総体的に解説した、優れた概説書です。

 「般若」は、サンスクリット語で「プラジュニャー(prajñā)」といい、「智慧」を意味します。本書は、仏教以前のインドにおける「般若」の用法から、初期仏教を経て、大乗仏教において般若が重要視されるまでの思想史的展開を、丁寧に証明しています。また、空の思想や、「六波羅蜜」に代表される波羅蜜など、般若経で説かれる教えについても解説されています。

 さらに、数多く存在する般若経典について、「基本的般若経」、「発展的般若経」、「密教的般若経」に区分し、その種類と系統が詳しく紹介されていることも特筆されます。『般若心経』はもちろん、禅と関係が深く、単独の経典として最も流行した『金剛般若経』も、その中に位置づけられています。

 本書を読むことで、インドはもちろん、日本を含めた東アジアでも重要視された般若経について、深く幅広い知識を得ることができるでしょう。

多田實道著『伊勢神宮と仏教―習合と隔離の八百年史』(弘文館)

多田實道著『伊勢神宮と仏教―習合と隔離の八百年史』(弘文館)

 本書は、神道の総本山のような位置付けの伊勢神宮と、仏教との関わりについて論じたもので、特に奈良時代から戦国時代までが詳細に論じられています。

 著者である皇學館大学教授の多田實道氏は、現在は曹洞宗寺院の住職でもありますが、本学に提出された博士論文を書籍化されたのが本書となります。

 近代以降では、明治維新期の神仏分離に伴う廃仏毀釈の影響から、神道と仏教とは峻別された二つの宗教として理解されていると思いますが、古代から中世にかけて構築された神仏習合思想は、伊勢神宮も無縁ではなく、一時的には神宮内に大神宮寺が存在し、また、神宮付近に建立された寺院の住侶が、天照大神の本地に観世音菩薩に配してから、後には大日如来とも習合することとなりました。

 また、本書では特に、鎌倉時代初期に東大寺を再建した俊乗房重源(しゅんじょうぼうちょうげん)の神宮信仰から、東大寺衆徒による神宮法楽の成立と展開を丁寧に論じています。神宮の中心である正宮そのものは神仏分離を堅持しましたが、その周囲では神仏習合的な法楽奉納が繰り返され、神宮崇拝の霊験灼かな功徳を、仏教者も期待する様子が見えるのです。

 現代では隠蔽された歴史を明らかにした本書の価値は、非常に高いと思います。

宮崎展昌著『大蔵経の歴史―成り立ちと伝承』(方丈堂出版)

宮崎展昌著『大蔵経の歴史―成り立ちと伝承』(方丈堂出版)

 仏教研究において、特に中国で翻訳された漢語(漢文)の資料を扱う場合には、「大蔵経(だいぞうきょう)」と呼ばれる仏教典籍の全書的集成を必ず参照することになります。

 本書は、仏典の伝承と保存において、特に日本を含めた東アジアにおいて重要な役割を果たしてきた「大蔵経」の来歴と変遷、伝承について、最新の研究成果を踏まえながら概観することを目的としています。

 特筆すべきは、中国における大蔵経の成立だけでなく、インドにおける仏典の編纂の始まりから、経・律・論の三蔵の成立、さらには大乗仏教における経と論についてもあわせて紹介している点にあります。『般若心経』や『法華経』など、私たちに馴染みのある経典がどのように成立し、伝承されてきたのかを知ることができます。

 また、補遺として、多種多様の仏典を豊富に伝えるチベット語大蔵経についても概説されていることは注目されます。チベット語大蔵経は、インド諸言語からの翻訳の正確さで知られ、インド仏教の失われた典籍の内容を伝える上でも重要であり、現在の仏教研究において欠かせない研究資料となっています。

 本書を読むことで、仏教の研究に必要な典籍の知識を体系的に得ることができることから、東アジア圏だけでなく、広く仏教学研究を志す者に必読の書と言えましょう。

松本知己著『院政期天台教学の研究―宝地房証真の研究』(法蔵館)

松本知己著『院政期天台教学の研究―宝地房証真の研究』(法蔵館)

 天台教学は、智(538〜597)によって確立されました。

 この天台教学が、院政期の日本において如何に受容されたのか、特に宝地房証真(1131頃〜1220頃)を中心として取り上げたのが本書です。予てより、証真の思想は詳細かつ難解であると評されるためか、その体系的研究が未だ充分に行われていませんでした。そうした状況を打開すべく、本書は証真の思想こそが日本天台教学史上の結節点であると判じ、種々の観点から論究を行います。

 全体は4部で構成されます。いずれも著者が継続的に積み重ねてきた各種論攷をベースに加筆・修正が施されたもので、細部まで緻密に論じられておりますので、日本における天台教学の受容を正確に把握するには欠くことのできない一冊であると言えます。

 ただ、その反面、全体としての結論が設けられていないという問題点が存します。そのためか、本書の軸である証真の思想こそが結節点であるとの論の筋道が、些か不明瞭となってしまっている感が否めません。今後、本書の各部・各章で明らかになった種々の事項が総合的にまとめられ、こうした点がより鮮明に論じられる機会が俟たれます。

植木雅俊著『今を生きるための仏教100話』(平凡社)

植木雅俊著『今を生きるための仏教100話』(平凡社)

 本書の著者は、物理学を専攻する傍ら、30代後半まで独学で仏教学を学んだ人物です。思春期の悩みで自信喪失や自己嫌悪に苛まれ、鬱状態になった際に、仏教学者・中村元の訳した原始仏典の言葉を通して、それらを乗り越えたと述懐しています。その後、中村先生から直接仏教学を学ぶようになったとのことですが、やはり特殊な経歴と言えるでしょう。

 また、著者は自身を仏教思想研究家と称します。仏教を信仰として捉えると大事なことが抜け落ちてしまうと考えているからです。そのため、本書は特に仏教の思想面に注目し、著者自身の経験を交えながら、多岐に亘るテーマでブッダの教えを読み解きます。原始仏教の思想はもとより、ジェンダーや平等思想、教団の変遷、大乗仏教、科学との接点、文学への影響など、独自の視点から種々の見解が提示されます。

 全編を通して、著者自身の体験談が多く記されていますので、堅苦しい専門書というよりは、エッセイのような入門書の体裁となっています。本書を通して、「今」に活かされる仏教の思想をご覧になってはいかがでしょうか。

 著者はテレビや新聞などでも活躍されていますので、あわせてご参照ください。

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