愛知学院大学 禅研究所 禅について

愛知学院大学 禅研究所 禅について

禅語に親しむ  平成27年度

精進(著・川口高風)

平成二十七年十一月二十日に日本相撲協会理事長であった北の湖親方が亡くなった。優勝二十四回、横綱在位場所数六十三場所、横綱勝ち星六七〇勝など数多くの記録を作った大横綱であった。現職であり、九州場所中であったところから急逝の報には驚いた。

私の住職している法持寺は、昭和三十二年から大相撲名古屋場所の三保ヶ関部屋の宿舎になっていた。また、昭和四十九年の名古屋場所後には、親方が横綱に推挙され、その伝達式が行われた所でもあった。そのため境内には、親方が節目の時に述べた言葉が碑になっている。

その一つに、

どんなにつらくても 何と云はれようと 相撲をとるのは心 自分が駄目だと思ったら とれるものではない

がある。これは昭和五十九年の名古屋場所で幕内通算八百勝して新記録を更新した時の言葉で、親方は横綱になるまではがむしゃらに稽古し精進した。しかし、横綱になると、その地位を守るのに苦労する。負けが続けばすぐ休場、引退となる。絶えず体調を整え、ケガをしないように努めなければならない。自分との闘いであった。つらいこと、悲しいこと、いやなことなど多かったであろう。

親方が平成十四年に日本相撲協会第九代理事長に就任した時の言葉も碑になっている。戦後生まれの初めての理事長で、時に四十八歳であった。それには、

横綱になったときは土俵のことだけを考えていればよかった これからは相撲界のために努力しなければならない すべてが現役のときとはちがう

とあり、相撲界発展のために努力することを誓っている。

当時の相撲界は厳しい状況下にあった。名古屋場所では十六人もの関取の休場者が出た。「土俵の充実」を最大の目標として動き出したが、異常事態が続き相撲人気はがた落ちであった。また、外国人力士が増えてきた頃である。日本人力士とは体力が違う。若い力士のトレーニング方法も今までの稽古とはまったく異なってきた。器具を使っての筋肉強化など体の一部のみの強化をはかっている。使わない部分との差が出てケガになるケースが多い。そのため休場者が多く出る。

相撲で一番大事なのは「しこ」と「てっぽう」である。これによって相撲のために必要な筋力が鍛えられることは実証されている。親方は基本の稽古が少ないこともケガの原因とみている。

親方は「しこ」を五百回と決めたら必ず休まずにやった。継続する気持ちがないとだめで、努力が大切という。いつも前へ進みたいという前向きの気持ちを持っていた。相撲の天才といわれたがそうではない。一生懸命に精進してきたと努力をいっている。かつて亀裂骨折した左足を引きずりながら土俵を務めたことがある。これしきで休めないぞという使命感もあったからで、強い責任感を持っていた。土俵上では「憎らしいほど強い」と評され、寡黙で無愛想といわれたが、本当は人情深く心やさしい人であった。

法持寺にある碑には、訃報の翌日に花が手向けられていた。また、碑に合掌しお参りしている姿も多くみられた。相撲一筋であった親方の生き方に共感した人は多いことであろう。親方は私たちにひたむきな精進の尊さを教えているのである。

(教養部教授)

愛知学院大学 フッター

PAGE TOP▲