愛知学院大学 禅研究所 禅について

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禅語に親しむ  令和7年度

拈華微笑(著・石田尚敬)

拈華微笑は、仏教の開祖であるゴータマ・ブッダ(釈尊)が霊鷲山において説法した際の逸話を象徴する言葉として知られています。釈尊は、一輪の蓮の花― 金波羅華(こんぱらげ)という金色の蓮や3,000年に一度咲くという優曇華(うどんげ)とも伝わります―を拈(ひね)って大衆に示し、さらに目配せとして瞬きをしました(拈華瞬目)。このとき、その意味を理解できた者はおらず、ただ弟子の1人であるマハーカッサパ(摩訶迦葉)だけがその意を悟り、にっこり微笑みました(破顔微笑)。これを受けて釈尊は、「吾に正法眼蔵、涅槃妙心有り、摩訶迦葉に付嘱す」と述べ、仏法の真髄が摩訶迦葉に伝えられたとされます。摩訶迦葉は、この出来事によってインドにおける第1弟子、すなわち西天第1祖と位置づけられています。

摩訶迦葉は、釈尊の弟子の中でも「頭陀第一」と称される人物です。頭陀とは、「払い落とす」や「捨てる」を意味するインド語の「ドゥータ(dhūta )」に由来し、衣食住への執着を離れ、托鉢をはじめとする厳しい修行生活に専心する実践を意味します。摩訶迦葉は、そのような修行にとりわけ優れていたとされ、釈尊入滅後には教団の統率や弟子たちの指導において重要な役割を果たしたと伝えられています。

拈華微笑の逸話は、初期仏教の文献には見られず、後代の資料において成立したものと考えられています。現存する文献としては、景祐3年(1036)の成立とされる『天聖広灯録』にその記述が見られ、さらに東アジアで製作された経典(偽経)と考えられる『大梵天王問仏決疑経』や、無門慧開(1183~1260)編『無門関』などにも収められ、広く知られるようになりました。禅の伝統においては、悟りの真理は経典をはじめとする言語的説明を超えて伝えられる点が強調され、「教外別伝」や「不立文字」といった標語とともに、拈華微笑の逸話は重視されてきました。

道元禅師は、『正法眼蔵』「面授」巻において、自身が中国・宋に留学した際、師である天童如浄禅師と初めて相見した場面を回想し、師がその出会いを釈尊と摩訶迦葉の拈華微笑の逸話に擬(たと)えたことを述べています。ここでは、仏法が師から資(弟子)へと直接に授けられ(面授)、正しく継承されるという「師資相承」の意義が強調されています。

仏の教えは、釈尊から摩訶迦葉、さらに歴代の祖師を経て現代に至るまで連綿と受け継がれてきたという確信が、禅宗僧侶の自己理解を支えてきたといわれます。禅宗において釈尊は、歴史的には遠い存在でありながら、師資相承の法脈を通じて確かに結ばれた、きわめて親密な祖師として位置づけられています。

瑩山紹瑾禅師もまた、祖師の行状を記した『伝光録』において、摩訶迦葉に言及する際、拈華微笑の逸話をその筆頭に挙げています。瑩山禅師においても、この逸話は、悟りの象徴的表現であると同時に、釈尊から摩訶迦葉へと仏法が正しく付嘱されたことを示す、法統伝承の起点として理解されています。

このように、拈華微笑のエピソードは、禅の伝統において、悟りの真理は言葉を超えて伝承されるという教理の伝達のあり方を示すと同時に、「面授」という師資相承に基づく伝法観を示す重要な物語として受け継がれてきたのです。

(文学部教授)

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