愛知学院大学 禅研究所 禅について

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講演会レポート 令和元年度

現代アメリカの文学作品と仏教本学名誉教授 田中泰賢

アメリカ人のフィリップ・ホエーラン(Philip Whalen1923〜2002)は、詩人であり、曹洞宗の僧侶でもありました。彼は本格的にお寺の住職としてアメリカ人を指導したという非常に希有な詩人でした。彼の「禅心寺」という題名の詩を紹介します。

禅心寺
私たちの人生は名状しがたい歳月 全くのボタンの掛け違い でもイェイツ氏は、鐘の音やシマントロンの音の方へ動くことをすごく望んだ

 慣習と礼儀
鮮やかな素晴らしい色のまとまり アーサー・ラッカムの世界 (汚れなく、保護もなく、悪口もない) あらゆるものが煮沸され、きれいになり、またはドライクリーニング ごしごし洗い、磨いてピカピカにする人たちがおそらく住んでいる 彼らはサンフランシスコの乳製品のトラックを運転する 芸術は硬い岩の平面の割れ目からにじみ出る外の大望と内心の暴虐「カラマーゾフ万歳!」あらゆるしがらみから解き放たれて 全くすごい人がひょっこり現れた 私はコーヒーカップを手にして散策する 温かい春雨の中精進する学生たちと雑談しながら
1974年3月25日

この詩の中に三名が登場します。一人はウイリアム・バトラー・イェイツ(1865〜1939) というアイルランドの詩人。次は英国の挿絵画家アーサー・ラッカム(1867〜1939)、そして三人目が『カラマーゾフの兄弟』等を書いたロシアの作家フョードル・ドストエフスキー(1821〜1881)です。ただし、ドストエフスキーの名は登場しません。

最初のイェイツは、1923年にノーベル文学賞を受賞しますが、亡くなる前年の1938年に、「彫像」という詩を残しています。ホエーランの「禅心寺」は、イェイツの「彫像」という作品に焦点をあてたのではないかと思います。「彫像」の第3連の最後の2行は次の通りです。

銅鑼(ゴング)とほら貝(コンチ)が祝福の時間を宣するとき、
老いたる雌猫(グリマルキン)が仏陀の空へ這って行く

「禅心寺」の表現は、「彫像」の表現と重なります。「彫像」の中の「銅鑼とほら貝」という表現は、「禅心寺」では「鐘の音やシマントロンの音」に、「彫像」の「這って行く」は、「禅心寺」の「動くこと」になっています。

「シマントロン」は、ロシアなどの東方正教会で使われ、その音は、禅寺で使用される木版の音に似ています。ホエーランは、シマントロンという表現で、自ら修行した禅心寺の木版の音をイメージしようとしたと思われます。

イェイツ研究家の内藤史朗氏が鈴木大拙がイェイツの「彫像」に影響を与えたことを論じています。大拙がアメリカに仏教を伝えた50年後に、鈴木俊隆がアメリカに仏法を伝えました。禅心寺を建立した鈴木俊隆の弟子からホエーランは法を受けています。大拙の禅の影響を受けているイェイツの「彫像」に注目したホエーランは、「禅心寺」を書いたと思われます。

次のアーサー・ラッカムは、60歳を超えた第一次世界大戦後の1927年、ニューヨークで個展を開き、それを機に、アメリカに彼の作品が知られました。

ラッカムは働きながら夜間の美術学校で勉強しました。ホエーランの詩に「ごしごし洗い、磨いてピカピカする人たちがおそらく住んでいる 彼らはサンフランシスコの乳製品のトラックを運転する」とありますが、ラッカムが働きながら美術学校の夜間クラスで学ぶことを意識して書いたと思われます。またホエーラン自身が禅寺で重要視される作務、すなわち掃除、料理、風呂焚き、お寺の修理等を実際に行っていることも意識しながら、重ね合わせた表現ではないかと思います。

そして、「禅心寺」の「カラマーゾフ万歳!」という言葉は、ロシアの作家ドストエフスキーの作品、『カラマーゾフの兄弟』の終わりの場面に二度出てくるものです。アリョーシャという、この作品の主人公とも言われるカラマーゾフ兄弟の一人が、彼を尊敬していた少年の葬儀に、他の少年たちと参加します。アリョーシャが少年たちに語りかけた後、少年たちがアリョーシャに向かって「一生手を取り合っていきましょう!カラマーゾフ万歳!」と叫びます。アリョーシャが、「さあ、行きましょう!これから私たちはお互い手を取り合って行くんですよ」と述べるのは、ホエーランの詩の最後の箇所、「学生たちと雑談しながら」と重なってきます。

ホエーランは、広い心があったからこそ、「禅心寺」で様々な国の詩人、画家、作家を取り上げたのだと思います。「これから手を取り合って行くんですよ」と表現されているように、もっと世界の人々と協調していくことをホエーランは願っているように思われます。

※本発表の詳細は、『禅研究所紀要』第48号に収録された講演録をご参照下さい。(石)

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