

本日は、愛知学院大学禅研究所にお招きいただき、誠にありがとうございます。禅研究所は曹洞宗の研究所であり、道元禅師(1200〜53年)の研究が盛んな場であると承知しております。私自身も近年、道元禅師の著作を読み進めておりますが、まだ研究として十分にまとまった段階ではなく、いずれ機会があれば改めて道元禅師について発表したいと考えております。
現在、主に読んでいるのは、蘭渓道隆(らんけいどうりゅう)禅師(1213〜1278年)の語録である『蘭渓和尚語録』です。この語録は2巻本でまとめられており、南宋禅が日本に伝えられた初期の状況を考えるうえで、極めて重要な資料です。蘭渓道隆禅師は臨済宗の禅僧として南宋禅を日本に伝えた人物であり、それに先立って道元禅師が南宋の曹洞禅を日本にもたらしました。この2人を比較することで、南宋禅が日本でどのように受容され、またどのような困難に直面したのかが浮かび上がってきます。
南宋時代の禅は、唐代の禅と比べて著しく難解なものになっています。唐代禅が比較的単純で直截的な表現を用いていたのに対し、宋代になると禅は知識人社会の中で洗練され、複雑化し、理解しがたい表現を多用するようになりました。更に、蘭渓禅師は中国蜀地方、現在の重慶付近の出身であり、当時の首都である臨安(現在の浙江省杭州市)の文化圏から見れば、方言も強く、語録には蜀方言の影響が色濃く残っており、その言語的特質も理解を難しくしています。
蘭渓禅師は、難解な南宋禅を日本人に分かりやすく伝えようと努めましたが、その試みは必ずしも円滑に受け容れられたわけではありません。当時の日本は元を中心とした東アジアでの国際関係が緊張状態となっており、いわゆる元寇とされる文永・弘安の役を目前に控えた不安定な時代でした。そのような状況下、中国出身の禅僧である蘭渓禅師は、元のスパイではないかという嫌疑をかけられ、2度にわたって追放されるという不遇を経験します。国家の寺である建長寺の住持が追放されるという事態は異例であり、当時の緊張感の強さを物語っています。
語録を読むと、蘭渓禅師は、禅を易しく説こうとする姿勢と、南宋禅特有の晦渋な表現とが交互に現れ、内面的な動揺が感じ取れます。その後、兀庵普寧(ごったんふねい)禅師(1197〜1276年)が来日し、北条氏の信認を得て建長寺住持に就任すると、蘭渓禅師は京都の建仁寺へ移されます。しかし、建仁寺時代の語録を見ると、蘭渓禅師が再び初心に立ち返り、わかりやすく禅を説こうとする姿勢が見て取れますが、それでも誹謗中傷は絶えず、禅を伝えることの困難さが改めて浮き彫りになります。
こうした南宋禅の難解さの背景を理解するためには、唐代から宋代にかけての社会構造の変化、それこそ内藤湖南が主張した「唐宋変革論」などを視野に入れる必要があります。唐代が貴族農民社会であったのに対し、宋代は知識人が政治と文化を主導する近世的社会へと移行しました。禅もまた、その変化に応じて知識人向けの宗教へと変質し、合理性を尊び、難解さを好み、反語的表現を駆使するようになります。『碧巌録』第1則に見える「繞路説禅(とうろせつぜん)」と呼ばれる回りくどい説法や、「言いて言わざる、言わずして言う」といった態度は、まさに宋代禅の特徴です。
『碧巌録』に代表される宋代禅の語録は、読者に答えを与えるものではなく、むしろ思考を撹乱し、自ら考えさせるための仕掛けとして構成されています。唐代において禅の基本的な回答が示された 後、宋代ではそれを意図的にひっくり返す「反哲学」的傾向が強まりました。この文脈を踏まえなければ、宋代禅を理解することはできません。
道元禅師が南宋禅をどのように受け止め、日本に伝えたのかという問題は、実は十分に検討されてきたとは言えません。道元禅師の研究はしばしば『正法眼蔵』の読解に集中しますが、その背後にある南宋禅との関係を見なければ、本質には迫れません。特に日本で全10巻の『永平広録』が、中国で無外義遠(むがいぎおん)によって編集され、1巻本に縮約された過程を検討することで、南宋側の禅理解と道元禅とのずれが明らかになります。
さらに、道元禅師の漢文著作と和文著作の違いにも注目すべき点があります。漢文での表現には不自然さなどが見られ、中国語の発想と日本語の発想の差異が浮き彫りになります。道元禅師が最終的に和文による著述へと向かった背景には、こうした言語的・文化的制約があったと考えられます。また、『宝慶記(ほうきょうき)』に見られる如浄禅師とのやり取りも、理想化された師弟関係というよりは、異文化間のすれ違いとして読み直す余地があります。
以上のように、南宋禅と道元禅、さらには元・明・清代へと続く中国禅の流れを広い視野で捉えることが、今後の禅研究にとって不可欠であると考えます。宗派や時代区分にとらわれず、禅を歴史的・文化的文脈の中で総合的に捉える視点こそが、これから求められているのではないでしょうか。
※以上は、本論である「『雪竇頌古』と『碧巌録』」の前段階としてご講義いただいた内容を要約しました。続きは『禅研究所紀要』第54号に収録されます
(研)